板橋エスペラントクラブ

エスペラント語は1887年にポーランドの医師ザメンホフによって創案された国際補助言語です。ヨーロッパの言語をベースにした単語、シンプルな文法、わかりやすい発音が特徴の、学びやすい言語です。世界で100万人の話者がいると推定されています。わたしたちは、毎月第1・3土曜日、東京都板橋区成増でエスペラント語を学んでいます。言語、国際交流に興味のある方一緒に学習しませんか?

2020年2月の活動(1)

 2月1日、定例の学習会を開催しました。参加者は7名。今日は、テキスト”La Unua Kursolibro”の第34課の本文を学びました。エスペラント発表から18年後、1905年にブローニュ=シュル=メールで開かれた第1回エスペラント国際大会のお話。約700名のエスペランティストエスペラント語の話者)が世界各国から集まりました。そこに集まった多くの人はエスペラントで外国人と話をしたことがありませんでしたが、実際に参加者同士理解しあうことができたといいます。

 現在でも、自分でエスペラントを学習してらっしゃる方は、実際に会話で使う機会がないのではないでしょうか?エスペラントは言語としても興味深いものですが、誰かと話してみると別な面白さがあります。お近くのサークルや講座に参加して、リアルな異世界体験はいかがでしょうか?

 さて、次回は2月15日は、日本語訳・エス訳問題と、「出身地に関して質問しあう!」です。例えば、出身地はどこか?どのようなところか?大きさは?何が有名か?良いところ悪いところ、好きなところ嫌いなところ、などをテーマに話をします(N記)。

Prezento de Itabaŝi Esperanto-Klubo

Esperanto estas internacia helpa lingvo kreita la pola kuracisto L. L. Zamenhof en 1887. Oni supozas, ke la nombro de parolantoj tra la mondo estas pli ol miliono. Esperanto estas facile lernebla lingvo kun jenaj karakterizaĵoj:
1) Simpla prononco
2) Riĉa vortotrezoro ĉefe bazita sur eŭropaj lingvoj
3) Simpla gramatiko sen esceptoj.

  Ni, la membroj de Itabaŝi Esperanto-Klubo, lernas Esperanton en Narimasu, Itabaŝi-ku, Tokio de la 10-a ĝis la 12-a en la mateno en la 1-a kaj 3-a sabato ĉiumonate.
  Se vi interesiĝas pri lingvoj, internacia interŝanĝo aŭ amikiĝo en Japanio, bonvolu kontakti nin! Ni lernu Esperanton kune.

Retadreso: itabashiesp(AT)gmail.com ((AT) signifas @)

An Introduction of the Itabashi Esperanto club (in English)

Esperanto is an international auxiliary language created by Polish doctor L. L. Zamenhof in 1887. The number of speakers over the world is estimated to be around 1 million.
Esperanto is an easy-to-learn language with the following features:
1) Simple pronunciation.
2) Rich vocabulary mainly based on European languages
3) Simple grammar without exceptions

We, the members of the Itabashi Esperanto club, learn Esperanto at Narimasu, Itabashi-ku, Tokyo from 10 to 12 o'clock on the first and third Saturday of every month. Don't you think it's interesting to communicate with people in Japan in a language other than Japanese?
If you are interested in languages, international exchange, or making friends in Japan, please do not hesitate to contact us! Let's learn Esperanto together.

E-mail: itabashiesp(AT)gmail.com ((AT) stands for @)

2020年1月の活動(2)

 1月18日、定例の学習会を開催しました。東京は気温2度、雪が舞う寒さの中、参加者は9名。今日は、テキスト”La Unua Kursolibro”の第33課を学びました。
 前回の宿題は、比較級malpliや最上級malplej、仮定法Ho, se ..u!を使った作文。持ち寄った例文を黒板に書き、あれこれ議論しました。チームで学習していると、一人で考えているときには思いもつかない発想がでてきて、問題を深く掘り下げることができます。
 学習会の後はいつものように近くで昼食会。こちらも全員参加、賑やかな楽しい会食となりました(N記)。

2020年1月の活動(1)新年会

 1月4日、今年最初の第1土曜日は定例学習会はお休みして、新年会を開催しました。参加者は8名、近況報告や昔の体験談などで大いに盛り上がりました。今年は、来日した外国人のエスペランティストを招いてはどうかなどのアイデアも。昨年は参加メンバーも増え、毎月第1・3土曜日に板橋区成増で開催している学習会はますます賑やかに。2020年も楽しくエスペラントを学んでいきます(N記)。

55.2019年を回顧する

 2019年が終わろうとしています。巷間今年のニュースまた新語等々来しかたをまとめるのは自身の喜怒哀楽はさて置いて、みずからかかわる社会活動関連分野事項が眼につけばこれは大いに関心を持つことになります。しかし、こういう観測または世論調査については信憑性についてとかくの議論がある、ことも事実。

 ことしのエスペラント活動について一瞥してみました。
 まず世界では国連ユネスコ機構が2019年のテーマとして、『世界の少数民族言語年』を標榜しました。日本大会はことしは第106回として浦和市で行われましたが、大型台風(19)のため交通機関の乱れがあった結果全三日行程の内初日不実施、2日目午後より最終日にかろうじて実施するというみじめな結果に終わりました。しかし大会テーマは『エスペラントがひらく世界~わかりあいのその先へ』であり文字通り内容は三日分を半分の日数に凝縮した意義ある大会でした。


 本年は日本エスペラント協会が創立してちょうど100年になります。本会創立前に個々に地域活動していたグループがすでに6年ほど会合をもっていたのを7年目に大同団結のため本協会が設立されました。大会の回次については106回となっていますが、唯一1945年のみ行われませんでした。毎年夏後半から秋にかけて実施していたのですが、この年は第二次大戦で、日本が屈辱的な敗北を喫して終結した直後であり、国民生活は日日の糊口を糊するに忙しくそれどころではありませんでした。当時の国鉄は戦災後弱体化した輸送力の低下のもとに、戦地の旧兵士・満蒙大陸。中国本土等からの引揚者を無償でそれぞれの故郷へ送りとどけてやることでした。筆者もその一人でありました。其のため一般市民が非日常的移動の場合は町会長の移動許可書がなければ乗車券を購入することができませんでした。

本年はもう一つ悲しい記念の年でもあります。エスペラント創設者ザメンホフの孫L.Cザレスキー・ザメンホフ(LCルイ・クリシュトフ)(1925-2019)が死去されたことであります。父君L.Lザメメンホフとともにエスペラントのk発展の足跡をみとりつつ、昨今では一段とエスペラント普及活動に熱心でありました。
彼は『ザメンホフ通り』原書房・訳者小林司・青山徹・中村正美監訳゜ー2005.1初訳ーを著した人物で、文中トレブリンカ収容所に搬送されようとしているときに知人ドイツ人の医師により同朋の死体運搬車につみこまれ、放置された墓地より脱出した。 
そして、ゲットーにもどりにせパスポートを入手して当面近郊に移住して戦後世界平和を迎え、こんにちを迎えた人であります。死体運搬車より脱出し、こんにちまで息ながら得た人であります。世界のエスペラント界としては創始者ザメンホフとともに是非銘記すべき人物であります。

 最後に当会もまた、会員が増え、異材も入会して、今後の当会の発展にオオイに期待できる陣容ができたと信じております。
本文を読まれた方は是非オブザーバー=:observantoとしてお越しください。

 

54.板橋エス会 20年の回顧と新段階へ

 私たちのクラブは1998.6.18に産声を上げました。かつて1960~70年代に当地域にもクラブはありましたが、メンバーの転居、就職、死亡等で自然解散となったことがありました。当会の発足時、かつてのメンバーの消息を探ったところ、20数名中区内居住者は残念ながら、一名もみあたらず゛、やむなく新規設立というかたちで発足致しました。発足当初は座長も学習開始してまもなく、4名でスタートしたものの、ほとんど手探り状態でやってまいりました。こういう趣味の会の常で入退会の繰り返しで盤石とはいえない、状態が続きました。発足当時のメンバーは現在2名でありますが、この間挫折・解散もやむなしかと思った時期もありましたが、当区にはエスペラントの灯を消したくないとの一念から、こんにちまでやってまいりました。

 こんにちまでの在籍した者の延べ人数はおよそ10数名でありましたが、幸運にも、インターネットの普及等で広報宣伝が容易となり、徐々に息をふきかえし、こんにちが過去最高の状態と言えましょう。経済的利益をもたらさない、こういう言語については学習意欲を刺激するインパクトに欠け、その効用を承知していながらも、踏み出さない、いや踏み出せない人士がかず多くおられました。異言語間の橋渡し言語で異国人と交流を深めることができるそのメリットに気づかず、抜群のコミュニケーション能力を活用しないテはない、とかねがね思っております。しかし、経済的利益が全くないわけではありません。ある仲間が世界大会でフランスに行ったとき、買い物するのに最初英語ではなしかけたところ、にべもなく反応せず、エスペラントで話したら、非エスぺランチストであるにもかかわらず、にこやかに応対され、目的を達した体験をレポートしています。ロマン語、ゲルマン語、スラブ語とうにルーツのあるエスぺラント語ですから、欧米人は、言語の断片で意思疎通ができることがあるのです。これはほんの一例であります。表現は不適切かもしれませんが、言語に興味のある人なら、この言語に語に触れたら麻薬の効果(よい意味で)があります。聖書ではありませんが、まず扉を叩いてください、と言いたいのです。

 長々と書いてまいりました。私たちのエスペラントクラブは20年の文字通り星霜を重ねてまいりました。あせらず、ゆったりとした気分で、この言語の愛好者が増えることを常に願っております。

 発足20年を迎えたこんにち、回顧をふくめ、エスペラントの普及拡大を念じて一文を寄せました。
                                                   2019(令和1).5 月記